東京高等裁判所 平成4年(行ケ)146号 判決
京都市山科区北花山大林町60番地の1
原告
竹中エンジニアリング株式会社
代表者代表取締役
竹中紳策
訴訟代理人弁理士
新実健郎
同
村田紀子
滋賀県大津市におの浜4丁目7番5号
被告
オプテックス株式会社
代表者代表取締役
小林徹
訴訟代理人弁理士
西田新
同
木村進一
同弁護士
植山昇
同
古庄光
同
肱岡勇夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成3年審判第17219号事件について平成4年6月4日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「移動人体検出装置」とする実用新案登録第1841197号考案(昭和54年11月19日付け特許出願を昭和62年6月24日に実用新案登録出願に変更、平成1年1月9日実用新案出願公告、平成2年11月22日実用新案権設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。原告は、平成3年8月29日、本件考案の実用新案登録を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第17219号事件として審理した結果、平成4年6月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
2 本件考案の要旨
人体が放射する波長10μm付近の遠赤外線エネルギーを検出する装置であって、容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓と、その窓の透過光をその容器内で集束させる光学手段と、その集束位置に配設された差動型遠赤外線検出センサを有することを特徴とする移動人体検出装置。(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) これに対して、請求人(原告)は、甲第3号証(米国特許第3、760、399号明細書。以下、書証の番号は本訴におけるものと同じである。)、甲第4、第5号証(実開昭54-159993号公報、及びその出願の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)、甲第6号証(米国特許第3、839、640号明細書)、甲第7号証(米国特許第3、928、843号明細書)、甲第8号証(米国特許第3、524、180号明細書)、甲第9号証(「高分子辞典」朝倉書店発行)、甲第10号証(「プラスチックフィルム-加工と応用-」技報堂出版発行)、甲第11号証(「PLASTICS AGE ENCYCLOPEDIA」プラスチックス・エージ発行)、甲第12号証(「赤外吸光図説総覧」三共出版発行)、甲第13号証(「分析化学」日本分析化学会発行)、甲第14、第15号証(実開昭51-7654号公報、及びその出願の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)、甲第16、17号証(実開昭53-105784号公報、及びその出願の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)を引用し、本件考案は、甲第3ないし第17号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものであるから実用新案法3条2項に該当し、本件実用新案登録は無効とされるべき旨を主張している。
(3) 請求人の提出した刊行物である甲第3号証には、人体が放射する赤外線を検知するセンサを有する移動人体検出装置であって、開口絞りを通過した光を集束させる光学手段とその集束位置に配設された赤外線検出センサを備えたものが記載されている。
甲第4、第5号証には、人体が放射する赤外線を検知するセンサを有する移動人体検出装置であって、ケースの前面に奥行きを有する赤外線導入用の窓を設け、窓の奥にゲルマニューム板やポリエチレンフィルムなどの赤外線透過性の窓材を取り付け、ケース内に窓の透過光を集束させる光学手段とその集束位置に配設された赤外線検出センサを備えたものが記載されている。
甲第6号証には、人体が放射する赤外線を検知するセンサを有する移動人体検出装置であって、容器の前面に赤外線導入用の窓を設け、該窓を赤外線透過性のパイロ電気物質のプラスチックフィルムであるポリエチレンプラスチックで形成し、容器内に窓の透過光を集束させる光学手段とその集束位置に配設された差動型赤外線検出センサを備えたものが記載されている。
甲第7号証には、人体が放射する赤外線を検知するセンサを有する移動人体検出装置であって、容器の前面に赤外線導入用の窓を設け、該窓を赤外線に対して透明であるポリエチレンフィルムで形成し、容器内に窓の透過光を集束させる光学手段とその集束位置に配設された赤外線検出センサを備えたものが記載されている。
甲第8号証には、人体が放射する赤外線を検知するセンサを有する移動人体検出装置であって、環状シリンダの前面に赤外線導入用の窓を設け、該窓を8~15μmの赤外線を透過させるようなフィルタ材料で形成し、環状シリンダ内に窓の透過光を集束させる光学手段とその集束位置に配設された差動型赤外線検出センサを備えたものが記載されている。
甲第9、第10号証には、ポリエチレンの製法と、それにより製造されるポリエチレンの性質について記載されている。
甲第11号証には、高密度ポリエチレンと低密度ポリエチレンとの、透明性、成形性、加工性についての比較が記載されている。
甲第12号証には、各種のポリエチレンの赤外線吸収スペクトルについて記載されている。
甲第13号証には、各種のポリエチレンによって赤外線吸収スペクトル測定用のセルを作り、それらの赤外線吸収の特性について調査したものが記載されている。
甲第14、第15号証には、赤外線センサを有する人体検出装置であって、赤外線投受光器を設け、検出対象に向けて該赤外線投受光器よりの赤外線を照射し、該検出対象からの反射光を集束させる光学手段を有し、赤外線に対して高透過率かつ可視光線に対して低透過率を有する材質のカバーで赤外線投受光器全体を覆ったものが記載されている。
甲第16、第17号証には、人体検出装置であって光線通過部を備え、内部に光学装置、光電変換装置及び電気回路装置を収容する光線式検知器の容器において、容器を透明合成樹脂材料で形成すると共に、光線通過部を除く容器の内面に不透光表面処理を施したものが記載されている。
(4) 本件考案と上記甲第4ないし第8号証に記載されたものとを対比すると、人体の放射する赤外線は10μm程度の波長のいわゆる遠赤外線であり、また、甲第4、第5号証における「ケース」、甲第8号証における「環状シリンダ」は本件考案における「容器」に相当するから、これらはいずれも人体が放射する遠赤外線エネルギーを検出する装置である点、窓に赤外線透過性の材質を用いた点、窓の透過光をその容器内で集束させる光学手段と、その集束位置に配設された赤外線検出センサを有する点で一致するものの、次の点で相違する。
本件考案では、窓に関して「容器と一体に成形」されたものであり、「高密度ポリエチレン」より成るものであることを構成要件としているのに対し、甲第4ないし第8号証に記載されたものにおいては、窓は容器とは別体のものとして該容器に取り付けられており、また窓の材質についても、「ゲルマニューム板やポリエチレンフィルム」(甲第4、第5号証)、「パイロ電気物質のプラスチックフィルム」「ポリエチレンプラスチック」(甲第6号証)、「ポリエチレンフィルム」(甲第7号証)、「フィルタ材料」(甲第8号証)であって「高密度ポリエチレン」については記載されていない。
(5)〈1〉 この点について検討するに、本件考案において窓を「容器と一体に成形」された点については、その構成によって窓の部分がある程度の厚みを有するものであると判断でき、また、窓の材質を「高密度ポリエチレン」とすることによって、窓が厚い場合であっても人体の放射する遠赤外線をよく透過し可視光線をよく減衰できるものである。すなわち、「容器と一体に成形」することと「高密度ポリエチレン」を用いることとは一体不可分の構成であり、この構成を採用することによって、窓を厚くすることによっても遠赤外線の検出作用がそこなわれないのである。
そして、前述のとおり甲第4ないし第8号証に記載されたものは「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」を具備しておらず、またその構成を示唆する記載もない。
また、甲第9ないし第13号証にはポリエチレンの物性、赤外線吸収特性等について記載されているが、前述のとおり、甲第4ないし第8号証には、窓を容器と一体に成形してある程度厚くすること、その際に、赤外線の透過を低下させないために材料を選択することという技術思想が開示されていない以上、これら甲第9ないし第13号証に記載されたごとく、高密度ポリエチレンの成形性、加工性、透明性についての物性、あるいは赤外線をよく透過すること等について本出願の出願前に公知であっても、このことをもってしても、甲第4ないし第8号証に記載されたものにおける窓を、容器と一体に成形された高密度ポリエチレンとすることは、当業者といえどもきわめて容易に考案することができたものとすることはできない。
〈2〉 甲第3号証に記載されたものは、本件考案における必須の構成要件であるところの「窓」に相当する構成を欠いている。
また、甲第14、第15号証には、赤外線をよく透過する材質のカバーで装置全体を覆ったものが記載されているが、同各号証に記載されている検出装置は、装置内の赤外線投光器より照射した赤外線が検出対象に当たり、それによって反射した赤外線を検出するものであり、人体の放射する遠赤外線を検知するものではない。すなわち、同各号証には、遠赤外線の付近の波長を検出するのに適した材質を選択するという技術思想が開示されておらず、本件考案の必須の構成要件である「遠赤外線エネルギーを検出する装置」、「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」を欠いている。
更に、甲第16、第17号証には、検出装置が赤外線を用いることについて記載されていない。
そして、本件考案は「人体が放射する波長10μm付近の遠赤外線エネルギーを検出する装置」において「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンよりなる窓」という構成を採用することによって、従来のフィルムのように枠体を必要とせず、窓の面を任意の曲面に形成することができ、窓を堅牢にすることができ、プラスチック成形に際して何らの着色剤等を添加する必要がないという明細書記載の効果を奏するものである。
(6) したがって、本件考案は甲第3ないし第17号証に記載されたものに基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものとすることはできない。
以上のとおりであるので、請求人が主張する理由及び引用した証拠によっては本件考案を無効とすることはできない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)のうち、本件考案と甲第4ないし第8号証記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであって、甲第4ないし第8号証に記載されたものは、「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」を具備していないことは認めるが、その余は争う。同(5)のうち、甲第3号証に記載されたものは本件考案における必須の構成要件である「窓」に相当する構成を欠いていること、本件明細書に審決摘示の作用効果の記載があることは認めるが、その余は争う。同(6)は争う。
審決は、本件考案の進歩性に対する判断を誤ったものであって、違法である。
(1) 審決は、本件考案と甲第4ないし第8号証記載のものとの相違点を判断するに当たり、その前提として、本件考案における「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」という構成の技術内容について、「容器と一体に成形」することと「高密度ポリエチレン」を用いることとは一体不可分であると判断したが、この判断は誤りである。
まず、本件考案の実用新案登録請求の範囲には、窓の厚さについては何ら規定されてなく、また、その点に関して考案としての新規性または進歩性を担保するクリティカルティ(臨界性)は存在しないから、窓が「容器と一体に成形」された点については、その構成によって窓の部分がある程度の厚みを有するものであると判断できるとした点は誤りである。また、窓を「容器と一体に成形」するということは物理的構成に係ることであり、窓材として「高密度ポリエチレン」を用いるということは材料の選択に関することであって、その間に相乗的効果をもたらすものはなく、これをもって一体不可分の必然的構成要件ということはできないし、「窓を厚くすることによっても遠赤外線の検出作用がそこなわれない」という効果は、専ら高密度ポリエチレンを窓材として用いることによる効果であって、窓を容器と一体成形することによる効果ではないから、窓を「容器と一体に成形」することと「高密度ポリエチレン」を用いることとは一体不可分の構成であり、この構成を採用することによって、窓を厚くすることによっても遠赤外線の検出作用がそこなわれないのであるとした審決の判断は誤りである。
したがって、この誤った判断を前提としてなされた、「甲第4ないし第8号証に記載されたものにおける窓を、容器と一体に成形された高密度ポリエチレンとすることは、当業者といえどもきわめて容易に考案することができたものとすることはできない」とした審決の判断は誤っているものというべきである。
(2) 本件考案と甲第4ないし第8号証に記載のものとの相違点は審決認定のとおりであるが、窓材として「高密度ポリエチレン」を採用すること、及び窓を「容器と一体に成形」することは、以下述べるとおり、当業者においてきわめて容易に選択実施できることであるから、本件考案は甲第3ないし第17号証に記載されたものに基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものとすることはできないとした審決の判断は誤りである。
〈1〉 本件考案において窓を高密度ポリエチレンで形成している目的は、いわゆるパッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置において、容器に形成される窓を遠赤外線を透過し可視光線を透過しない材料で封閉するためである。
ところで、高密度ポリエチレンが遠赤外線、特に人体が放射する波長10μm付近の遠赤外線に対して高い透過率を有し、可視光線の透過率が著しく低いことは、本件考案の出願前周知である。すなわち、高密度ポリエチレンはいわゆる低・中圧法により製造され、結晶性がよいことは周知であり(甲第9号証)、低密度ポリエチレン(比重0.91~0.93)は比較的透明で軟質であるのに対し、高密度ポリエチレン(比重0.94~0.97)は半透明で硬質であることがよく知られている(甲第10号証、第11号証)。更に、各種ポリエチレンの赤外線透過性についても、本件考案の出願前すでによく研究されており、特に高密度ポリエチレンに相当する中・低圧法ポリエチレンが、波長10μm付近の遠赤外線領域できわめて優れた選択的透過性を有することは、甲第12号証の第340頁記載の図40.15図40.16によっても明らかなように本件考案の出願前周知の技術事項である。また、高密度ポリエチレン(低・中圧法ポリエチレン)であると低密度ポリエチレン(高圧法ポリエチレン)であるとを問わず、厚さ1.0mmでも遠赤外線に対して75~85%の透過率を確保できることも本件考案の出願前知られていることである(甲第13号証)。
しかして、甲第4ないし第8号証によって、パッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置において、容器に形成される窓を遠赤外線を透過し可視光線を透過しないプラスチック材料で封閉することが公知ないし周知であるところ、高密度ポリエチレンが、人体が放射する波長10μm付近の遠赤外線に対して高い透過率を有し、可視光線の透過率が著しく小さいことが上記のとおり本件考案の出願前周知の技術常識であるから、パッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置において、容器の窓を構成する窓材として高密度ポリエチレンを採用することは、当業者においてきわめて容易に選択実施できることであるというべきである。
このことは、移動人体検出装置としてのものを含む赤外線検出器において高密度ポリエチレンの窓を使用することが、甲第20、第21号証(実開昭54-107385号公報と、同公報に係る昭和53年実用新案登録願第2919号の願書に添付された明細書及び図面のマイクロフィルム)及び甲第22号証(日刊工業新聞社発行「電子技術」1979年2月号の第41頁ないし46頁)に示されるとおり、周知の技術であることによっても裏付けられることである。なお、上記甲各号証は、本件考案が審判手続において審理の対象とされた甲各号証(甲第3ないし第17号証)との対比判断において進歩性を有するか否かの判断資料として提出したものであって、原告は、上記甲各号証により新たな無効原因を主張しているわけではないから、もとよりその提出は妨げられるものではない。
〈2〉 本件考案における窓を「容器と一体に成形」するとは、「容器に窓を形成し、その窓が容器を封閉する窓材で構成されているものにおいて、その窓と、窓を形成しない容器部分とを一体成形すること」であると理解される。ところで、赤外線受光器において、赤外線を受光透過する面域だけでなく、赤外線受光器全体を赤外線を透過し可視光線を透過しない材料で一体成形したカバーで覆い、内部を透視できないようにすることは、甲第14、第15号証によっても明らかなとおり周知の技術である。同各号証記載の考案は、「赤外線に対して高透過率を有する材質のカバー6で赤外線投受光器全体を覆って筐体内部を目視で識別できないこと」を特徴とするものであるが、この窓面だけでなく赤外線受光器全体をカバーで覆って筐体内部を目視で識別できないようにする態様は、窓を「容器と一体に成形」したものに相当する。そして、同各号証の技術思想がパッシブインフラレッド方式を含めて広く赤外線投受光器(ここで、「赤外線投受光器」というのは、「赤外線投光器」および/または「赤外線受光器」のことであり、赤外線受光器の中には人体が放射する波長10μm付近の遠赤外線エネルギーを検出する装置も含まれる。)すべてに適用可能なものであること、本件考案において窓材に使用する高密度ポリエチレンが甲第14、第15号証記載の考案にいう「赤外線に対して高透過率、かつ可視光線に対して低透過率を有する材質」に相当することは明らかである。
したがって、窓を「容器と一体に成形」することは、甲第14、第15号証に開示されている周知のもの、あるいはきわめて容易に想到し得るものというべきである。
パッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置において、窓を「容器と一体に成形」することが周知の技術または当業者においてきわめて容易に実施できた技術であることは、甲第23号証(特開昭49-103689号公報)に、焦電型赤外線検知素子において、窓部材1と容器3を赤外線透過部材により一体成形しているものが示されていることによっても裏付けられることであり、同号証の提出が妨げられないことは上記〈1〉のとおりである。
〈3〉 以上のとおりであるから、従来公知ないし周知のパッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置において、本件考案のごとく、容器に形成される窓の材料として、人体が放射する波長10μm付近の遠赤外線に対して高い選択的透過率を有する材料として公知の高密度ポリエチレンを使用し、かつ、その窓を容器部分と一体成形するようなことは、当業者においてきわめて容易に選択実施できる程度のことというべきである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の違法はない。
2 反論
(1) 審決が、本件考案において窓を「容器と一体に成形」した点について、その構成によって窓の部分がある程度の厚みを有するものであると判断できるとしたのは、甲第4ないし第8号証に記載された各種フィルムがミクロンオーダの厚みしか有しないものであることと対比して、本件考案に係る移動人体検出装置の窓の部分はある程度の厚みを有するとしたものであって、同各号証の記載内容を認定するための一思考過程にすぎない。
また、本件考案における「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」という構成は、(a) 窓を含む容器はプラスチック成形加工されたものである、(b) 窓を含む容器全体は高密度ポリエチレン材料より構成されている、(c) プラスチック成形加工は、通常、上下又は左右に分割される金型を閉じて所定形状空間を作り、その空間へ溶融したプラスチック材料を圧入させて固化させ、その後、金型を開いて中から成形品を取り出す、いわゆる射出成形法により実施される、ことを意味していることは当業者にとって自明である。このことは、本件明細書中の「窓がプラスチック成形物であるため、その厚さは通常1~数mmであり、」(第4欄18行、19行)、「窓を高密度ポリエチレンの成形物により形成しているので」(同欄末行ないし第5欄1行)、「窓を容器の一部として一体形成できるので外観が簡略化され、」(第6欄26行、27行)などの記載からも首肯できることである。そして、分割されて開閉する金型を用いたプラスチック成形によれば、プラスチック材料の流動特性と、金型の製作精度の両面より、自ずから成形の厚みに下限が生ずる。この下限が、一方で成形品を堅牢なものにする理由にもなっている。約36℃の人体が輻射する微弱な遠赤外線を検知する装置の窓材として、従来は厚さ50~100μmのきわめて薄いフィルムを用いていたのに対し、本件考案は「容器と一体に成形」し、射出成形法による一体成形を可能にしたことが本件考案の最大の特徴である。
したがって、本件考案における「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」という構成の技術内容についての審決の認定、判断、及び、甲第4ないし第8号証には、窓を一体に成形してある程度厚くすること、その際に、赤外線の透過を低下させないために材料を選択することという技術思想が開示されていない以上、同各号証に記載されたものにおける窓を、容器と一体に成形された高密度ポリエチレンとすることは、当業者といえどもきわめて容易に考案することができたものとすることはできないとした審決の判断に誤りはない。
(2)〈1〉 原告は、パッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置において、容器の窓を構成する窓材として高密度ポリエチレンを採用することは、当業者にとってきわめて容易に選択実施できることである旨主張する。
しかし、本件考案の実用新案公報(甲第2号証の1)に記載されているとおり、従来は、「ポリエチレンフィルムが各種樹脂の中で比較的透過率の良いことが知られているが、・・・透過窓による減衰を可及的に小さく抑えることが重要であり、そのポリエチレンフィルムの厚さを可及的に薄くすることに当業者の努力が払われていた。」(第2欄18行ないし24行)と認識されていて、甲第4ないし第7号証に記載のものは、この認識のもとに考案され、窓は薄いポリエチレンフィルムから成っているのである。このような状況下にあって、本件考案は、窓を高密度ポリエチレンにより形成しているので、「(a) 従来のフィルムのように枠体を必要とせず、当該検出装置の容器と一体に形成することができ、製造コストが大幅に低減された。(b) 例えば円筒面、球面など任意の曲面に形成することができるので、全体形状が簡素化されて美感が向上した。(c) 窓の厚さを0.5mm以上としても遠赤外線をよく透過し、しかも可視光をよく減衰させるので、窓を容器と同様に堅牢にすることができ、外部からの破壊が困難となって防犯機器として信頼性が向上した。(d) 窓の厚さを0.5mm以上としても遠赤外線をよく透過し、しかも可視光をよく減衰させるので、プラスチック成形に際して何らの着色剤等を添加する必要がなく、それだけ製造工程が簡素化された。(e) 窓を容器の一部として一体形成できるので外観が簡略化され、部品点数が減少して製造コストが低減した。」という顕著の効果を奏するものであるが、このように顕著な効果を奏する高密度ポリエチレンが、本件考案に至るまで移動人体検出装置の窓材として採用されなかったということは、これに想到することが容易ではなかったからに他ならない。
したがって、原告の上記主張は理由がないものというべきである。
〈2〉 甲第14、第15号証記載のものは、考案の名称「赤外線投受光器の覆いの構造」が示すとおり、投光器と受光器が常に一体で使用される光線式のものであって、窓を構成する「アクリル等のカバー」は投光器の光のみを透過すればよく、かつ、その光強度も設計的に十分な大きさに設定できるのであるから、解決すべき課題も、考案に係る物品も本件考案とは相違している。また、同各号証には、本件考案の必須の構成要件である「人体が放射する波長10μm付近の遠赤外線エネルギーを検出する装置」及び「「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」についての記載がない。
したがって、窓を「容器と一体に成形」することは、甲第14、第15号証に開示された周知のものとはいえないし、また、きわめて容易に想到し得ることでもない。
〈3〉 なお、甲第20ないし第23号証記載のものは、考案に係る物品が本件考案と全く相違するものであって、原告の主張を裏付けるものではないし、そもそも同各号証は審判手続において提出されず、審理の対象とされなかったのであるから、これらを周知技術の立証のために提出することは許されない。
〈4〉 以上のとおりであるから、パッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置において、本件考案のごとく、窓材として高密度ポリエチレンを使用し、かつ、その窓を容器部分と一体成形するようなことは、当業者においてきわめて容易に選択実施できることである旨の原告の主張は理由がないものというべきである。
第4 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである。(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 本件発明の概要
甲第2号証の1(本件明細書)によれば、次の事実が認められる。
本件考案は、人体が放射する波長10μm付近の遠赤外線エネルギーを検出するパッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置に関するものである。
遠赤外線を透光させる材料としては、ポリエチレンフィルムが各種樹脂の中では比較的透過率の良いことが知られているが、それでも、センサ感度と増幅回路のSN比に限界があるため、透過窓による減衰を可及的に小さく抑えることが重要であり、ポリエチレンフィルムの厚さを可及的に薄くすることに当業者の努力が払われてきた。その結果、厚さ50~100μmのきわめて薄いポリエチレンフィルムが使用されているが、このような厚さのポリエチレンフィルムは、遠赤外線ばかりでなく可視光をも透過するために誤動作するという問題があり、また、内部が透けて見えることが商品として好ましくないため、これを着色して用いると今度は遠赤外線までも減衰させるという問題があった。また、フィルムは強度的に弱いので桟を設けるなどの補強策が採られているが、それでも例えば、洋傘の先端が当たると破損するという問題があった。更に、窓に冷暖房の風が当たったり、強い赤外線が当たると、窓の熱容量が小さい場合は窓の温度が急速に変化し、窓による二次的熱放射エネルギーが急変すると誤動作が生じるという問題があった。
本件考案は、これらの問題点を解決することを課題として、前示要旨のとおりの構成を採用したものである。
3 取消事由に対する判断
(1) 甲第3ないし第17号証に審決摘示の技術事項が記載されていること、本件考案と甲第4ないし第8号証記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであって、甲第4ないし第8号証記載のものは、「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」を具備していないこと、甲第3号証に記載されたものは、本件考案における必須の構成要件である「窓」に相当する構成を欠いていること、及び本件明細書に審決摘示の作用効果の記載があることは、当事者間に争いがない。
(2) 本件の争点は、容器、赤外線透過用窓、赤外線透過材(遠赤外線の透過率が高く、可視光線の透過率が低い物質、以下同じ)の構成(以下「窓の構成」という。)について、本件考案が「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」の構成を備えるのに対し、基本引用例たる甲第4ないし第8号証に記載されたものは、容器と窓が別体に成形され(例えば、甲第4、第5号証の装置では、容器の前面に奥行きを有する赤外線透過用の窓(実際は開口部)を設け、窓の奥に赤外線透過材より成る窓材を取り付ける。)、赤外線透過材として高密度ポリエチレンでないもの(例えば、甲第4、第5号証の装置では、ゲルマニューム板、ポリエチレンフィルム)を用いる構成である点で、両者は相違しており(このことは当事者間に争いがない。)、甲第4ないし第8号証に示された窓の構成を本件考案の窓の構成とすることがきわめて容易になし得るか否かにある。
そこで、本件考案における高密度ポリエチレンより成る窓が「容器と一体に成形され」との技術的意義について、課題、構成及び効果の観点から検討すると、本件明細書(甲第2号証の1)の考案の詳細な説明には、窓と容器の関係について、〈1〉「窓がプラスチック成形物であるため、その厚さは通常1~数mmであり、通常の窓面積10cm2以下の場合、指で押しても破壊されない強度を有する。」(第4欄18行ないし20行)、〈2〉「窓2は容器の一部分を構成している。」(同欄28行、29行)、〈3〉「窓を高密度ポリエチレンの成形物により形成しているので、従来のフィルムのように枠体を必要とせず、当該検出装置の容器と一体に形成することができ、その際、例えば円筒面、球面など任意の曲面に形成することができるので、当該検出装置の全体形状が簡素化されて美観が向上し、かつ製作コストが大幅に低減された。」(同欄末行ないし第5欄7行)、〈4〉「プラスチック成形に際して何らの着色剤等を添加する必要がなく、それだけ製造工程が簡素化された。」(第5欄12行ないし14行)、〈5〉「窓を容器の一部として一体に形成できるので外観が簡略化され、部品点数が減少して製造コストが低減する。」(第6欄26行ないし28行)との記載があり、これらの記載を総合すれば、本件考案における「窓」とは、「枠体を使うことなく容器の一部をなしているもの」であり、そのことは、容器全体も赤外線透過材により形成し、その一部を窓として赤外線透過部とすることを意味するものということができる。換言すれば、本件考案の窓の構成は、移動人体検出装置である甲第4ないし第8号証の装置がケース(容器)前面に窓(実際は開口部)を設け、同部又はその奥に別途に赤外線透過性の窓材を配置するのとは異なり、容器を赤外線透過材である高密度ポリエチレンにより成形し、その一部を赤外線透過部である窓とする構成であることを意味するものというべきである。しかして、前記2に認定したように、移動人体検出装置において、従来、当業者は遠赤外線を透過させる材料として用いられるポリエチレンフィルムの厚さを可及的に薄くすることに努力を払い、厚さ50~100μmのものまで開発したが、他方このように薄いポリエチレンフィルムには、可視光線の透過、窓の第2次的熱放射による誤動作、内部透視防止のための着色による遠赤外線の減衰の現象がみられ、また、強度的に弱いため桟による補強策が必要とされる(それでも洋傘の先端が当たると破損することがある)などの問題点があることから、その解決を課題として遠赤外線が透過する窓につき、「容器と一体に成形された高密度ポリエチレンより成る窓」とする本件考案がなされるに至ったものと認めることができる。すなわち、本件考案は、従来の移動人体検出装置における赤外線透過材の厚さが薄いことにより生じる問題点の解決を課題としており、そのために従来赤外線透過材を薄くすることに努めていた当業界の傾向に反し、同材料を厚くすること、厚くしても赤外線透過性を保持できる材料を選択することを着想し、加えて外観の簡略化、製造コスト低減等のため、赤外線透過材を枠体等により窓(開口部)に別途設けるよりも容器そのものに容器の一部として設けた方が望ましいとの観点から、上記問題点を解決するものとして、赤外線透過材(それは容器の材料でもある。)として高密度ポリエチレンを採択したものであり、特に容器と一体に成形した構成により、枠体の不要化、全体形状の簡素化、美観の向上、製造工程の簡素化、製造コストの低減等の効果をもたらしたものということができる。結局、本件考案の窓の構成は、「赤外線透過材として従来のものより厚い高密度ポリエチレンを採択し、これにより容器を成形し、その容器の一部を赤外線透過部である窓とする」という技術思想に基づくものであるということができる。
審決の示した本件考案の窓の構成及びその技術思想に関する判断は、その理由付けにおいて十分でない点があるも、容器の一部を窓である赤外線透過部とし、容器の材料として高密度ポリエチレンを用いれば、窓の部分は厚くなるのであるから、表現こそ違え審決の趣旨はほぼ上記判断と同旨のものと解されないではない。
もっとも、審決は、甲第4ないし第8号証にその摘示にかかる技術思想が示されていないことを理由として、相違点である本件考案の窓の構成の容易想到性を否定しているが、対比される二つの考案において構成に相違する点があれば、その相違点の背景となる技術思想も異なるのが通常であり、その相違点について他の先行技術を転用できるか否かにより進歩性が判断されるのであるから、審決の示す上記理由は当を得たものとはいえない。しかし、審決においては、甲第4ないし第8号証に記載されたものに、他の先行技術を転用できるか否かについても検討されているのであるから、上記理由をもって直ちに審決の結論が誤っているものということはできない。
(3) そこで、甲第4ないし第8号証に記載されたものにおいて、赤外線透過材である窓材として「高密度ポリエチレン」を用いること、及び窓を「容器と一体に成形」することがきわめて容易に想到し得ることであるか否かについて検討する。
〈1〉 まず、赤外線透過材である窓材として「高密度ポリエチレン」を用いることの容易想到性について検討する。
前記(1)の争いのない事実、及び甲第4ないし第8号証によれば、甲第4ないし第8号証記載のパッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置において、赤外線導入用の窓材として赤外線を透過し可視光線を透過しない材質のもの(甲第4、第5号証のものは「ゲルマニューム板やポリエチレンフィルム」、甲第6号証のものは「ポリエチレンプラスチック」、甲第7号証のものは「ポリエチレンフィルム」、甲第8号証のものは「フィルタ材料」)が用いられていることが認められる。
ところで、前記(1)の争いのない事実と、甲第9ないし第11号証によれば、甲第9号証(「高分子辞典」昭和46年6月30日朝倉書店発行)の第668頁には、ポリエチレンの工業的製法として高圧法、中圧法及び低圧法があることと、ポリエチレンの性質について「高圧法ポリエチレン(低密度ポリエチレン)よりも低・中圧法によるもの(高密度ポリエチレン)のほうが枝分れが少なく結晶性がよいので、かたさ、強さ、耐熱性、耐寒性がすぐれている反面、加工性、耐候性がやや劣る。」と記載されていること、甲第10号証(「プラスチックフィルムー加工と応用一」昭和46年7月10日技報堂出版発行)の第6頁表1.5には、低密度ポリエチレンは比較的透明(可視光線を比較的透過する)で軟質であるのに対して、高密度ポリエチレンは半透明(可視光線を透過しにくい)で硬質である旨記載されていること(なお、「比較的透明」が可視光線を比較的透過するものであり、「半透明」が可視光線を透過しにくいものであることは、技術的に明らかである。)、甲第11号証(「PLASTICS AGE ENCYCLOPEDIA」昭和50年8月11日プラスチックス・エージ発行)の第45、46頁には、高密度ポリエチレンと低密度ポリエチレンとの透明性(可視光線に対する透過率)、成形性、加工性等についての比較が記載されていることが認められる。そして、甲第12号証(「赤外吸収図説総覧」昭和48年2月15日三共出版発行)の第340、第341頁の図-40.16、図-40.17、図-40.18には、低圧法ポリエチレンである「ハイゼックスー3000S」(三井化学製)及び中圧法ポリエチレンである「スタフレン」(古川化学製)(いずれも高密度ポリエチレンに相当する)は、10μm付近の遠赤外線領域(人体の放射する赤外線は10μm程度の波長のいわゆる遠赤外線であることは当事者間に争いがない。)で100%に近い優れた透過率特性を有すること、一方、いずれも高圧法ポリエチレンである「スミカテン」(住友化学製)及び「ミソランー16」(三井化学製)(いずれも低密度ポリエチレン)は、高密度ポリエチレンに比べて10μm付近の遠赤外線領域での透過性はやや悪いことが示されていることが認められる。また、甲第13号証(「分析化学」昭和46年1月5日日本分析化学会発行)の第106頁には、「高中低圧法のいずれのポリエチレンでも約1.0mmの厚さまで透過率75~85%で使用可能である」と記載されていることが認められる。
以上認定の事実によれば、本件考案の出願前、高密度ポリエチレンの硬度、成形性、加工性、透明性等についての物性、特に高密度ポリエチレンが従来移動人体検出装置の窓材に用いられていた低密度ポリエチレンに比し、硬質であり、人体の放射する波長10μm付近の遠赤外線エネルギーに対して優れた選択的透過性を有することが公知であったことが認められるから、パッシブインフラレッド方式による移動人体検出装置において、容器の窓を構成する窓材として、人体の放射する波長10μm付近の遠赤外線に対して優れた選択的透過性を有し可視光線を透過しない硬質の材料で形成しようとする場合において、高密度ポリエチレンを採用すること自体は当業者においてきわめて容易に想到し得ることと認めるのが相当である。
被告は、赤外線透過材として高密度ポリエチレンを採用すること自体の容易性を争うが、この主張が理由がないことは上記説明から明らかである。
〈2〉 次に、窓を「容器と一体に成形」することの容易想到性について検討する。
前記(2)において認定したとおり、本件考案は、従来の移動人体検出装置における赤外線透過材の厚さが薄いことにより生じる問題点の解決を課題としており、そのために同材料を厚くすること、厚くしても赤外線透過性を保持できる材料を選択することを着想し、加えて外観の簡略化、製造コスト低減等のため、赤外線透過材を枠体等により窓(開口部)に別途設けるよりも容器そのものに容器の一部として設けた方が望ましいとの観点から、上記問題点を解決するものとして、赤外線透過材として高密度ポリエチレンを採択したものであって、本件考案における高密度ポリエチレンより成る窓が「容器と一体に成形され」との技術的意義は、容器を赤外線透過材である高密度ポリエチレンにより成形し、その一部を赤外線透過部である窓とするというものである。
ところで、前記(1)の当事者間に争いのない事実、及び甲第14、第15号証(実開昭51-7654号公報、及びその出願の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)によれば、甲第14、第15号証記載の考案は、不法侵入者感知用の室内壁面設置形式の赤外線投受光器の覆いの構造に関するものであって、従来の投受光器においては、特に投受光窓があることにより、不法侵入者に検出装置の存在を感知され、警備上好ましくないという欠点があったため、この欠点を除去するために赤外線を透過し、可視光線を透過しない材質のカバーで全体を覆うことによって、小形軽量で、不法侵入者が装置の存在を感知できない赤外線投受光器の覆いの構造を提供することを目的とするものであること、その実用新案登録請求の範囲は、「光電変換素子1-1とレンズ1-2を同軸上に設けた鏡筒1-3を壁面に対して平行にし、ミラー1-4を介して投受光する壁面設置式赤外線投受光器において、赤外線に対して高透過率かつ可視光線に対して低透過率を有する材質のカバー6で赤外線投受光器全体を覆って筐体内部を目視で識別できないことを特徴とする赤外線投受光器の覆いの構造。」というものであって、同各号証には、赤外線センサを有する人体検出装置であって、赤外線投受光器を設け、検出対象に向けて該赤外線投受光器よりの赤外線を照射し、該検出対象からの反射光を集束させる光学手段を有し、赤外線に対して高透過率かつ可視光線に対して低透過率を有する材質のカバーで、赤外線投受光器全体を覆ったものが記載されていること(別紙図面2の第3図、第4図参照)が認められる。
この事実によれば、甲第14、第15号証記載の考案において、カバー6には赤外線投受光窓(赤外線透過部)に相当する部分が全体として一体的に成形されているものと認められるが、カバー6は、赤外線投受光器(容器)全体を覆うものであって、赤外線投受光器そのものではなく、また、赤外線透過部(窓)がカバー6の特定の一部に設けられているものではない点において、カバー6を高密度ポリエチレンが赤外線透過部(窓)として容器の一部に設けられた構成、すなわち「容器と一体に成形され」た本件考案の窓の構成と同視することは困難である。加えて、カバー6を設けている目的、赤外線投受光窓がこれに一体的に成形されている技術的意義が、本件考案において窓を「容器と一体に成形」した目的ないし技術的意義と相違することは明らかである。すなわち、本件考案において、窓を「容器と一体に成形」しているのは、上記のような問題点の解決を課題として、赤外線透過材を厚くすること、厚くしても赤外線透過性を保持できる材料を選択することを着想し、加えて外観の簡略化、製造コスト低減等のため、赤外線透過材を枠体等により窓(開口部)に別途設けるよりも容器そのものに容器の一部として設けた方が望ましいとの観点から、上記構成を採択したものであるのに対し、甲第14、第15号証記載の考案は、特に投受光窓があることにより、不法侵入者に検出装置の存在を感知され、警備上好ましくないという欠点があったため、赤外線投受光器全体を覆うためにカバー6が設けられ、その一部に赤外線投受光窓に相当する部分が含まれているというものにすぎない。
そうすると、本件考案における上記課題の解決等を図るために、甲第4ないし第8号証記載の移動人体検出装置に甲第14、第15号証記載の技術を適用して、窓を「容器と一体に成形」することは、当業者においてきわめて容易に想到し得ることではないものというべきである。また、窓を容器と一体に成形することによりもたらされる前記(2)認定に係る、枠体の不要化、全体形状の簡素化、美観の向上、製造工程の簡素化、製造コストの低減等の効果は、甲第4ないし第8号証記載の移動人体検出装置にはみられないところである。
原告は、パッシブインフラレッド方式の移動人体検出装置において、窓を「容器と一体に成形」することが周知の技術または当業者においてきわめて容易に実施できた技術であることは、甲第23号証(特開昭49-103689号公報)に、焦電型赤外線検知装置において、窓部材1と容器3を赤外線透過部材より一体成形しているものが示されていることによっても裏付けられる旨主張するが、同号証は審判手続において提出されておらず、したがって、審理の対象となっていなかったものであり、かつ、原告は、同号証によって新たに、相違点の構成そのものにつき先行技術が存在することを立証しようとするものに他ならないから、本訴において、同号証に基づいて、本件考案の進歩性の判断をすることはできないものというべきである。
(4) 以上のとおりであるから、本件考案は甲第3ないし第17号証に記載されたものに基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものとすることはできないとした審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
4 よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)
別紙図面1
〈省略〉
別紙図面2
〈省略〉